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(ウクライナ関連)戦争犯罪の追及 なぜ活発に? [平和論]

インタビュー記事の紹介
                      2023.1.28 小宮
 1月下旬のある日、届いた夕刊のページをめくっていたら、ウクライナ
関連のインタビューが目に入りました。ざっと目を通すと、私が昨年春か
ら抱くようになった、ある考えを含んだものであることがわかり、内容に
惹きつけられていきました。
 その考えとインタビュー内容についての感想は、別の文章にまとめて書
こうと思います。ここでは、資料提供を目的として、このインタビューを
多少縮めて紹介します。
 読んでくれた皆さんの感想も、もちろん歓迎します。
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「戦争犯罪の追及 なぜ活発に」朝日新聞(1月20日・夕刊8面)
語り手:古谷修一(早大教授)
インタビュアー:国末憲人

(前書き) ウクライナでのロシア軍の戦争犯罪を追及する動きが
早くも本格化している。国際世論の強い関心がその営みを支える。
なぜ取り組みが活発なのか。国連の自由権規約委員会でロシアの審
査に加わった、国際人道法の専門家・古谷修一さん(64)にジュネー
ブで尋ねた。
(以下は、記事の中でとくに注目した部分の抜書き)
戦地の映像が世界へ
 ウクライナ情勢は今や、国際法学者らにとっても最大の課題だ。
その中で今回注目を集めたのが、国際刑事裁判所(ICC)の素早い
動きだと言う。(中略)この違いの背景には、戦争観の根本的な変化
があると、古谷さんは考える。
 「第2次大戦を例に挙げると、連合国にとって何より重要な戦争
犯罪は『日本が侵略した』ことであり、戦場での残虐行為などは侵略
の結果に過ぎないと受け止められました。今回はむしろ逆です。ロシ
アの侵略行為以上に、ロシア軍の市民殺害への責任が、戦争の初期か
ら問われました」
 「つまり、『人権』を主体として戦争のあり方が決められているの
です。欧州の人々がこれほどウクライナの立場を支持する理由もこ
こにあります。ロシア軍の行為を容認できない世論が、ロシアとの妥
協を許さないのです」
 では、なぜ世論がこれほど、被害者の人権に関心を持つようになっ
たのか。大きな要因は、SNSの急速な発達によって市民のスマホ
映像が世界に流れ、現場が可視化されたことだと、古谷さんは説明す
る。
 「ミサイルを受けて崩れたアパートの様子も、亡くなった人びとの
遺体も、実際に見える。人々はその映像から『自分のところにミサイ
ルが落ちたら』と考える。戦争を、国と国との戦いという抽象的なレ
ベルではなく、もっと身近なものとして受け止めるようになったの
です」
 日本でもウクライナへの関心は依然高い。「具体的な人の情報が入
るからだと思います。遠い国であっても、子供が殺された、家族が殺
されたことに対しては、同じ人間だから同情を感じますよね」
終わり方まで変わる
ただ、変わるのは、戦争のイメージだけではないようだ。「実は、
戦争の終り方も変わると思います」
 「昔だったら、戦争には落としどころがありました。首脳同士が『領
土はここまで』などと交渉したかもしれません。でも、今回は誰もプ
ーチン大統領と交渉できません。プーチン氏はロシアの指導者であ
るとともに、重大な戦争犯罪人。『戦争犯罪人と交渉するのか』と問
われる」
 古谷さんはこれを「正義と平和との相克」と呼ぶ。これまでは、清
濁併せのんで妥協することで戦争は終わり、「平和」が実現した。し
かし、正義に妥協の余地がない。妥協は、犯罪者との交渉を意味する
からだ。
戦争をやめられないとすると、どうすればいいのか。
「そこが問題です。戦争は、永遠には続けられません。どう譲歩し
てどう終わらせるのかと考えながら進めるのが、従来の戦争のやり
方でした。でも、戦争が『犯罪』と化した、あるいは戦争が『人権問
題』と化した世界では、妥協が難しい。それを世論が許さないからで
す」
「クラウゼビッツの理論を持ち出すまでもなく、戦争はかって、政
治の道具でした。政治的妥協を引き出すための方法の一つだった。今
は、そのようなものではない。明確な人道問題なので、簡単には妥協
できないし、落としどころも見つけにくい」
「それは、戦争が国レベルの関係ではなく、人間関係のレベルで語
られるようになったとも言えます。『戦争の犯罪化』は、つまりは『戦
争の個人化』です。個人の話として議論されるために、国家の話とし
て妥協するのは難しくなったのでしょう。
市民の連帯感に期待
 一方で、こうした傾向は、新たな時代の幕開けを意味するかもし
れないという。一例は、ウクライナ侵攻に関して昨年3~4月、IC
Cに捜査を付託した国が、日本を含めて43カ国に及んだことだ。
 「ウクライナを巡る国際裁判は、ウクライナの利益にとどまらず、
国際社会全体の利益と位置づけられている。これには、世界が何か違
う時代に入りつつある予感が伴います。今回の出来事は、『冷戦後の
世界』から『さらに次の時代』に入る境目にならないでしょうか」
 ロシアがウクライナに侵攻した時、これで時代が変わると考えた
人は少なくなかった。しかし、そこで想定されたのは、軍事大国が力
にモノを言わせて好き勝手に振る舞う秩序なき時代の到来だった。
ウクライナ側の反撃によってその恐れは遠のいたが、古谷さんの考
える新時代は、そのような恐怖の時代とは逆だ。人権を中心に据えた
希望の抱ける時代である。
 「やや理想を込めて考えると、人権への価値観が今以上に共有され、
市民同士の連帯感が生まれる世界にならないか」
 実際、ウクライナで今、人々が求めるのは「平和」だけではない。
踏みにじられた「正義」を回復したいと、多くの人が願っている。そ
の思いは実際に、世界に広く共有されつつある。
 「新たな世界に向けた枠組みやルールをつくらなければならない。
多くの人が、そう思い始めているように感じます」
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